2005年09月20日

ザ・ミュージアムにおける『ギュスターヴ・モロー展』

 映画を観るために街に出てきた。ただ少し時間がある。東急東横線に乗るために渋谷にいたので取り合えず文化村に入ってみることにした。『ギュスターヴ・モロー展』。8月から開催されていることは知っていたし、だから本当はスルーつもりでいた。それはちょうど10年前の西洋美術館における展覧会でモローの作品群を観て“これは自分とは縁のない絵だ”と思ったからだった。おそらく世間ではこれを“バカの壁”と呼ぶだろう。それは裏を返すと、多くの作家(美術だけではない)が取材している神話・聖書といった題材に対する自分の無頓着さを意味することでもある。しかしどうも手がつけられない。自発的な興味を持つことが出来ないのだ。こういった知識の欠落は、目の前にある絵をただ素直に受け入れることが大前提の上で敢えて言うと、致命的なことなのではないだろうか。そして叙情的、幻想的イラストレーションの源流として解釈しようとする粗野な自分がいる。無知のなせる業。これを開き直りと思われるだろうか。しかし同時にある、それらを前提にしたモローの非常に強いメッセージを解釈できない苛立ち。そして心に現れる混乱。こういったものから逃避したかったのに、なぜ僕はまた美術館に入ってしまったのだろうか。引力に取り憑かれたかのようであった。ただ(未完成のものも、或いは習作にしても)モローは筆を持ちすぎているのではないかという感じはする。しかもまだ続きそうなのだ。モローは永遠の生命を求めたのだろうか。 目 会期の内、途中で展示換えがあり、明日(9月11日)はちょうど前期の最終日ということだった。
posted by きびだんご at 11:04| 東京 ☀| 展覧会感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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