2006年04月23日

森美術館という選択

>『東京⇔ベルリン展』森美術館
 渋谷から直行バスに乗って六本木ヒルズにまたやって来た。昨今の事件などでこの人工の場所はスノビッシュな先端の街と言われているが、どうだろう、僕などからすると逆に野暮な田舎者の街だという気がするのだ。きれい事を盲目に求める人は皆、田舎者であるだろう。経済に個人的な正義、義侠心を持ち込もうとする者もまたそうだ。軒を連ねるファッション・ブティックは彼らのエサ箱に見える。あらら、人生の主人公だったはずが、いつの間にか勝手に他人の価値観に組み込まれて行く…。受付をはじめとして警備・案外係りなどのスタッフたちに“行ってらっしゃいませ”などと声を掛けられる。使用人気質が抜けず、且つ小心者なので“ああっ、ハイ スイマセン…”などと弱気に答えてみるが、心の中では“慇懃も無礼の内じゃ、別に公共の場でえばりたい人なんかじゃないよ俺は、ぞんざいでいいから料金安くしてくれないかナ”と思っているのだった。 モバQ 日本におけるドイツ年関連イベント。東京とベルリンという定点を設けて、その同時代でいかなる美術的状況だったのかを検証してみる野心的展覧会。観終わって、その疲労と共に感じることは、120年といった時代を、しかも行く度かの戦争が挟まれる歴史を俯瞰するにしては、この期間は長すぎ、そしていささか抽象的に過ぎるのではないかと思った。発展の歴史を浮かび上がらせるために、それぞれの時代の表現が蔑ろにされてしまったという印象だ。少なくとも(第二次大戦の)戦前と戦後60年に分けた2部構成とするべきだったのではないだろうか。交流を通じての相互理解そして影響といったもの。日本とドイツは世界を敵に回した野心的田舎者同盟国であった訳で、だからそこら辺の、つまり戦争協力、体制迎合的な作品が、もっと場を占めて欲しかったのに、それらがほとんど無かったのは疑問であった。反戦を考えることは、反戦の表現をだけ見ることではない。軽く歴史修正しませんでした 手(チョキ) それにしても国際交流での催し物ということでか、暗に自主規制したという感じは拭えない。まず服(建前)を脱ぎ捨て、裸のつきあいでなければ。きれい事だけでは意味が無い。学芸は政治イデオロギーについて無味無臭的な立場をとるべきではない。そして策略的でなければならない。考えてみれば政治などというものは、文化に対しての抵抗体ないし絶縁体としても機能するのだという恐怖はいつでも持っていた方がよい。ナチにおける退廃芸術とは、画家としてのヒトラーのコンプレックス以外にどのような意味があったのか。そういった類の為政者にとって芸術とは街に貼られるスローガン・ポスターと大差は無いのだろう。眼鏡 結局、心に残ったのは日本(最後の時点で東京、ベルリンという都市の括りは無意味なものになっている)側の作品だったというのは皮肉だ。ドイツ側の作品はきれいさっぱり忘れ去ってしまった。これは極私的な問題だろう。自分の度量のなさに悲しくなり落ち込んでしまった。 もうやだ〜(悲しい顔) 前にも森美術館に訪れたときに感じたのだが、まず欲張りすぎたキャパシティーが良くない。これに合わせて作品を陳列するので膨大になる。それらは数秒、六本木ヒルズ見学のご一行様田舎者に眺められて忘れられるのだ。忍びないと思う。作品を前にして考え込みたい僕にとってこれは1日以上掛かるものだから、まるで拷問だ。だから今回は実際のところ何も観なかったとも言える。 本 カタログは390ページ弱。2800円。印刷は美術印刷と言えばここ、印象社。学術書と考えれば展覧会の図録は実に安い。良心的だと思う。ISBNコードを付けて出版流通にのせるべきなのでは。なお3年ほど前、町田市立国際版画美術館で“ハンナ・ヘーヒ”として紹介された作家名が今回“ハナ・ヘーヒ”となっていた。表記の統一が望まれるところである。

この後、映画鑑賞へこちらです。
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2006年03月23日

初めて葉山まで行ってみたのだった。

『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 時代に先駆けた女性画家』神奈川県立近代美術館 葉山
 今年の美術鑑賞は遅れに遅れて、3月のしかも残り1週間というところとなった。これには幾分か公立美術館の独立行政法人化というものが影を落としていることだろう。じゃいかにも大衆受けする企画展ばかりなのか、というとどうもそうでもなさそうだ。個人的な趣味の問題なのか?それに10年をひと括りとしてみるならば、3巡目ということになり、それなりに出かける展覧会のセレクトが出来るようになったことも大きいだろう。例えば『グランマア・モーゼス展』とか『福田繁雄カラクリ展』とか『エリオット・アーウィット写真展』とかは間違っても行かないわけです。あっ最近はそんなのないか…。それにやっぱりコンテンポラリー・アートの本邦初紹介としての役割を担っていたセゾン美術館の欠落は大きい、大きすぎる。バブル崩壊コノヤロー!であります。まっセゾンもそれに乗っかっていたとも言えますが。東京都現代美術館も森美術館もザ・ミュージアム(オイオイ、何様?)もそれほどのことでもなかったし、ワタリウムは我道を往く…。現実はなかなかうまくいきませんです。で、今回初めて神奈川県立近代美術館の葉山館へ行くことにしました。開館から2年半ちょっと、何してたんでしょうか。あれ、『ホルスト・アンテス展』ってなぜ行かなかったのかな。やれやれ。逗子からバスで片道240円。時間的にだいたい20分弱。駅から徒歩ですぐに行ける鎌倉とは雲泥の差です。しかも道幅は狭く、よくこんなとこバスで通るな、といった感じでちょっと怖かったです。途中で葉山マリーナなので、川だか、運河だか知りませんが小型船舶が係留されて雑然とした感じ。自分の中の葉山のイメージ、確実にダウンです。御用邸もあるのになぁ。あっ、そうこうしているうちに見えてきました葉山館。誰の設計でしょうか、無難で匿名な感じ。そして周辺住宅とは明らかに異質です。今、建築設計に対する関心が高まっていますけれど、素人の僕にもひとつ、その建物の利用者として言えることがあります。“設計においてあなたが美学を貫くとき、それは確実に排他的である、誰よりも世俗的であるあなたは、大衆を嫌悪する”ということです。ちょっと言い過ぎました。でもこういったことに頓着のない人を僕は信用しません。もっともその公共施設がもつ排他性を僕も享受しているのかもしれません。それは確実にコード化しているわけだから。しかし、バスから風景を眺めていたんですが、“海のまち”というとなんでどこもかしこも地中海的になるんですかね。おしゃれな食べ物やさんは。イメージの自主拘束的管理?んじゃ、そろそろ本題に入りますよ(笑)。去年から今年にかけての日本におけるドイツ年の一環として行われる『パウラ・モーダーゾーン・ベッカー展』を観る事にする。恥ずかしながら今回初めて知った画家であった。だから同時に期待というものがあった。ドイツ表現主義の先駆者と言った記述があるが、恐らく早世したからで、こういう紹介は彼女の本質を見誤るような気がする。ドイツ国内に点在していた、いくつかの芸術家コロニーで起きていたことは同時多発的であって、彼女がちょっと抜きん出ていただけなのではないだろうか、そしてそれは一にも二にもパリの動向を知っていたからだろう(ただし体系的な思想と技術への配慮はなかったように思われる)。だいたい表現主義という括りも、僕にはなんとも怪しげなもののように思えるのだ。ただ表現が変化していく画家の軌跡を眺めることは嫌いではない。いや、表現者とはすべからく、そういった試行錯誤を繰り返すものだろう。その途上で無念にも亡くなってしまったということだろうか。ポートレートを見ると強い意思を持った女性であることが判る。興味深いのは棲む場所、家族(父親或いは夫)、芸術家グループ、と寄りかかる場所を持たなかったということだ。常に彷徨していたのだ。物理的なことだけでなく、その精神も。これが自立する女性ということなのかどうかは僕には判らないけれど、美しいとは確実に言える。審美眼だけを頼りに切り開いていく自分の世界。その理解者は夫、オットー・モーダーゾーンではなく、リルケであったというのも痛いところである。もっとも(ニーチェの愛人としても有名な)ルー・サロメとの破局を体験して後のリルケとしては、自分の詩のネタだったのかもしれないが。いや、リルケも自分に似た、さまよえる人間に共感していたのかもしれない。ムンクのフォルムに似た作品が数点あった。カタログは2400円。340ページ。B5変。美術出版デザインセンターによるすばらしい美術印刷(作品の写真撮影など)。表紙にエンボス加工あり。しかし、解説はパウラの内面や男たちとの関わり合いなどまでには言及せず禁欲的であり人間味に欠け、いささか不満であった。彼女のエロスにスポットライトを当てたい。最初の本格的な紹介としては上出来だろう。
DSC00307.JPG

さてさて、この後は都内へ、そしてドイツ映画の鑑賞です。こちらです。
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2005年09月20日

ザ・ミュージアムにおける『ギュスターヴ・モロー展』

 映画を観るために街に出てきた。ただ少し時間がある。東急東横線に乗るために渋谷にいたので取り合えず文化村に入ってみることにした。『ギュスターヴ・モロー展』。8月から開催されていることは知っていたし、だから本当はスルーつもりでいた。それはちょうど10年前の西洋美術館における展覧会でモローの作品群を観て“これは自分とは縁のない絵だ”と思ったからだった。おそらく世間ではこれを“バカの壁”と呼ぶだろう。それは裏を返すと、多くの作家(美術だけではない)が取材している神話・聖書といった題材に対する自分の無頓着さを意味することでもある。しかしどうも手がつけられない。自発的な興味を持つことが出来ないのだ。こういった知識の欠落は、目の前にある絵をただ素直に受け入れることが大前提の上で敢えて言うと、致命的なことなのではないだろうか。そして叙情的、幻想的イラストレーションの源流として解釈しようとする粗野な自分がいる。無知のなせる業。これを開き直りと思われるだろうか。しかし同時にある、それらを前提にしたモローの非常に強いメッセージを解釈できない苛立ち。そして心に現れる混乱。こういったものから逃避したかったのに、なぜ僕はまた美術館に入ってしまったのだろうか。引力に取り憑かれたかのようであった。ただ(未完成のものも、或いは習作にしても)モローは筆を持ちすぎているのではないかという感じはする。しかもまだ続きそうなのだ。モローは永遠の生命を求めたのだろうか。 目 会期の内、途中で展示換えがあり、明日(9月11日)はちょうど前期の最終日ということだった。
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2005年08月23日

『アジアのキュビズム展』

国際交流基金関連の日本、韓国、シンガポールに巡回する展覧会。行ってみてびっくり!心惹かれる作品多数。ホントです。しかも非常によい状況で作品鑑賞をすることができます。落ち着いた雰囲気でデートコースとしてもぴったり!お食事は美術館内のレストラン、クイーンアリス・アクアをご利用くださいませ(俺は美術館の回しモンか、アファリエイトよこせ)。しかしなんだね、あの悪夢の『ゴッホ展』はなんだったのかね。この一般大衆めらが!こら。ああいった、劣悪な環境下で作品鑑賞させたということは、独立行政法人としての評価に影響はないんですかね。ったく金返せ。                                     .JPG近代美入口前.JPG                                                 当然のことだがキュビズムといっても表現は多彩だ。こういう展覧会を観ると、それが流れなのだとはいえ、いかに西欧系の作家の紹介に偏重しているかがわかる。例えば東京都現代美術館の“過去の展覧会”を見ればいかに、(同じことを語られ過ぎている)ビッグネームのそれに偏っているかが判るだろう、ある意味学芸員不在といっても過言ではないのだ。そこに学芸員としての自分の美意識に対する自負はない。今回の企画で展示されている作家の中には日本に留学していた人たちもいるわけで、こういった検証的な企画も重要だと思われた。つまりキュビズムというものの思想の種が、それぞれの土地にばらまかれた時、どのようなかたちで実を結ばせたり、花を咲かせたりするのか、それはその土地によって異なるだろう。それは既成の美術・工芸の流れだったり、政治状況だったり、宗教だったり、歴史だったりするだろう。それにキュビズムだけに影響されたわけではなく、タイムラグの中で未来派が先んじて紹介されていることが指摘されている。そのような状況下におけるコンフュージョンとは?考えただけでも期待に胸が高まるだろう。過去に寄せる期待。未知との遭遇。重要なのはここにみられる作品群が誰かの意思によって強制的に描かされたものではなく、それぞれの作家が創作活動の中で求めたものだということだろう。海外における日本ブームを私たちは日本の帝国主義などといって認識するだろうか。好んで聞く音楽を彼らの植民地化への証左などと思うだろうか。芸術はそんな一元的なものではないはずだ。僕は今日も元気でここで生きている(笑)。おい!漢字はオリジナルじゃねぇぞ。 ここにおけるキュビズムとは余りにも顧みられなかったアジアに於ける創作活動とその作品を紹介するための大きな枠のネタと考えたい。個人的には近代美術館所蔵の古賀春江の作品3点を観られたことは収穫ではあった。石橋美術館とここではどちらが多いですか?所蔵作品数。展覧会目録は1800円。印刷は文唱堂印刷。実際のテキストページは190P程度。差込で年譜表付き。あまり面白味のないデザイン。
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2005年08月22日

東京都写真美術館でふたつの展覧会

『写真はものの見方をどのように変えてきたか 3再生』
  東京都写真美術館によるコレクション展示自主企画。第3弾の今回は戦争突入直前から戦後にかけての写真表現を12人の写真家による作品で辿っていこうというものだ。夏休みのこの時期にジブリやスターウォーズなどという商業主義に走らなかったことを、まず高く評価したい(泣)。単純に入場者数あるいは利益等で美術館の運営を評価することに反対する。展覧会の内容の評価ができるだろうか、できたとしてもそれは学芸に対する介入なのではないかと思われる。公営である以上、監査が入ることは当然だとして、“育む”という文化的な役割について別の尺度を検討したい。さてこの展覧会で重要なのはいわゆる商業写真家だけでなく、アマチュアと呼ばれているものの、表現上重要な作家を取り上げている点ではないかと思う。ここにおけるアマチュアという言葉の意味は、単純に写真によって生計を立てていたかどうかであって、技術上の、芸術上の高低を指して言っているのではないことは明白だ。それでは現在はどうだろう。歴然としてアマチュア写真家は存在するだろう。それは生計云々はもとより、写真的表現の発展に寄与しようとしない人々全般を指すのだ。要するに画壇と同じ構造であることは言を待たないだろう。大人の男の嗜み、或いはステイタスとしてのカメラ所持の副産物としての写真撮影などというもの、そしてあらかじめ思索に至ろうとはしないでカメラを触ろうとする、好奇心旺盛な若い女性たち…。そんなものにどのような意味があるだろう。試しに写真専門誌やカルチャー雑誌をひらいてみれば、そこにそのような人たちの“唯美的”作品が横行していることがわかるだろう。それをただ豊かさの状況として理解してしまってよいだろうか。すべての芸術表現とは自分の言語を発見するところから始まることを確認しておきたい。特に戦時下において表現を強制させられる体験を経たこれらの人々と比較すると余りにも社会的な無力さ、美的脆弱さを思うのである。表現には明確な意思がなくてはならないはずなのだ。なぜ僕はこんなに憤るのか。それは日本の美術の状況がなんでもかんでもセオリー、セオリー(僕の母親が今はやりの絵手紙を習っていて、そこでも筆の持ち方がどうの、色の使い方がどうのと“〜でなければならない”をやるらしい、そんなの楽しけりゃいいじゃん。僕はそう思うのだが。そこからそういう場所における無意味なヒエラルキーが生まれてくるのだ)その対極に素人の感性一発みたいなものが、あまりにも幅を利かせていると思うからだ。僕がこの時点で確実に言えることは、ある表現を選択したとき、同時にその歴史を踏まえなければならないのではないかということだ。そういう覚悟はあるべきだ。私たちはあまりにも歴史を知らなさ過ぎる、語らなさ過ぎる。簡単に動画に物語ること、表現することを明け渡してしまうべきではない。時間に対する概念についても今一度考えていきたい。借り物は修業時代で充分だと思える。当時の静かなる熱気を感じた展覧会であった。監視員の教育(私語)を徹底したい。

『ブラッサイ −ポンピドゥーセンター・コレクション展』
  銀座のプランタンでPPSによる『ブラッサイ展』があったのが、90年の4月から5月にかけてのことで、もう15年も前のことになる(その後、神戸に巡回)。時の経つのは実に早い。目 画廊規模での展示会はあったのかもしれないが、大規模な展覧会となるとそれ以来ということになるのではないだろうか。あの頃のプランタンはブラッサイをはじめ、ケルテス、ウエストン、クライン、スタイケン、スティーグリッツ、アジェなどなど写真美術館が開館する以前の写真美術展の一翼を担っていた。今は前を通り過ぎるだけで出入りさえしない若い女性に特化された百貨店。バブル崩壊後のデパート系展覧会はほとんど姿を消してしまったことは、僕には非常な悲しみである。今回の展覧会は2000年に行われたというポンピドゥーセンターの、収蔵品展覧会の再構成日本巡回展とのことだ。ブラッサイを強く意識したのはアメリカのシンガーソングライター、リッキー・リー・ジョーンズの名アルバム『パイレーツ』のジャケットであった。今回の展覧会にはそれは含まれていないが、それら“夜の恋人たち”の一連の作品を観た記憶があるので、途中で他にも単独ではない展覧会があったかもしれない。今回の企画は単なる写真家ブラッサイではなく、総合芸術家としての一面(石を使った彫刻、落書きに新たな息吹を与えたもの)をも紹介するといったものだ。シュルレアリスム集団におけるアンドレ・ブルトンの独裁者ぶりに嫌気がさして集団を離脱したことが紹介されている。人や風景だけでなく、もっとプリミティブなものへのまなざし、まなざしのプリミティブについて考えていたのではないかと思えた。展示作品に関しては未公開作品があるようだが、前述の『ブラッサイ展』時のものがコンパクト(50点程度)でほどよいセレクションだったのではないかと思った。ガーデンプレイスが出来る前の、旧恵比寿駅舎前にあった写真美術館準備室の展示スペースが思い起こされた。ただ大量の作品があればよいというわけではないだろう。展示空間についても再考されたい。彫刻作品にはほとんど人がいなかった。カタログも未だ製作中で束見本(中は真っ白)だけが飾られていた。分厚い本で価格も1万円以上だったと記憶する。人をバカにしているのか。学芸員のオナニーか。
posted by きびだんご at 12:06| 展覧会感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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